肝硬変は長年にわたる肝細胞の破壊と再生の結果、高度の繊維化と肝小葉細胞構造(顕微鏡レベルでの肝臓の構造の一つで、肝臓は幾つもの肝小葉から出来ている)の破壊と再生結節の形成であると定義されています。その結果、肝細胞数の減少による肝機能不全、繊維化と肝小葉構造の破壊による肝臓内の血流障害による門脈圧亢進を来たします。すなわち、肝硬変の症状とは肝機能不全と門脈圧亢進に基づくものなのです。しかし、肝機能不全や門脈圧亢進が軽い人では症状を認めないことがあります。このような肝硬変を「代償性」と呼びます。肝臓は門脈という太い血管により、食道、胃、脾臓、腸につながっています。門脈の圧が上がると(門脈圧亢進と呼ばれる)、食道、胃静脈瘤ができたり、脾臓が肥大します。ときには、静脈瘤が破裂して出血することがあります。また、腹水や腹壁静脈の怒張(ふくれあがること)もみられます。肝機能不全の結果として意識障害(肝性脳症と呼ばれている)、異常行動、黄疸、羽ばたき振戦(手のふるえ)、皮下出血(出血斑)、陰毛の減少や足の浮腫(はれ)などの症状があります(図)。このような症状を認める肝硬変を「非代償性」と呼びます。また、肝機能不全に伴って肝臓での女性ホルモン(男性でも女性ホルモンは出ている)の不活性化が障害されて、クモ状血管腫、女性化乳房や手掌紅斑などの所見もみられます。
肝硬変患者での肝細胞障害と門脈圧亢進に基づく他症状 肝硬変になるといろいろな特徴ある症状や異常所見が現れます。
門脈圧亢進症のおよそ90%は肝硬変が原因です。門脈圧亢進は、しばしば消化管出血、腹水や肝腎症侯群(肝硬変の悪化に伴って腎不全を来たす重篤な合併症の一つ)を引き起こし、しばしば肝硬変の死亡原因となります。そのために、門脈圧亢進の対策を十分に行うことが、肝硬変の予後の改善につながります。食道静脈瘤は門脈圧亢進が原因で発生します。最近の研究報告によると、代償性肝硬変の約60%で診断時に、既に門脈圧亢進が認められています(Groszmannら、N Engl JMed, 2005)。また、肝硬変と最初に診断された際に、代償性肝硬変の30〜40%に非代償性肝硬変の60%に食道静脈瘤が認められたとの報告があります。 では、食道静脈瘤は、なぜ破裂するのかを考えてみましょう。肝硬変では、慢性肝炎とはことなり肝臓の構造(肝小葉構造と呼ぶ)が破壊され、類洞内(肝細胞索と肝細胞索の間にある血液の流れ込むスペース)に繊維が沈着して血液の流れが悪くなる病気です。その結果、肝臓内の血管抵抗が増すために肝臓に流入する血液の一部は、肝臓を通過することが出来ません。肝臓を通過できない血液は、肝臓を迂回して門脈に逆流するために、門脈内の血液量が増加して門脈圧が上がります。これが肝硬変で門脈圧亢進を来たすメカニズムです。門脈圧亢進の結果、門脈-大循環側副血行路が形成されて食道静脈瘤が発生します(図1)。肝硬変での食道静脈瘤の発生頻度は、1年に約7%です。静脈瘤の発生には肝静脈圧(HVPG)が重要で、10mmHg以上になると食道静脈瘤が出来ます。静脈瘤はいつまでも同じ状態でとどまっているのではなく、肝機能が悪くなると静脈瘤は大きくなります。小さな静脈瘤が徐々に大きくなって、ついには破裂して出血します。小さな静脈瘤が、大きな静脈瘤になる頻度は年5〜10%と言われています。食道静脈瘤は肝硬変の重症度分類である Child-Pughスコアーとも関係していることが分かっています。すなわち、肝硬変の状態が悪い人では食道静脈瘤破裂の危険性が高いということを意味します。 食道静脈瘤は肝静脈圧(HVPG)が上昇すると大きくなり破裂するようになります。肝静脈圧が12mmHg以上になると、食道静脈瘤の血管抵抗が増し血管壁の破裂限界に達するので、静脈瘤破裂の危険が高くなります(図2)。また、再出血も起こしやすくなります。 そのために、門脈圧を低下させる薬(β−受容体拮抗薬であるプロプラノロールなど)を投与して肝静脈圧を12mmHg以下に保つことによって食道静脈瘤破裂を予防することが可能になります。
図1 肝硬変での門脈圧亢進症 肝硬変になると食道、胃に静脈瘤ができ、ときに破裂して出血することがあります。
図2 食道静脈瘤と静脈瘤破裂との関係
肝硬変はいろいろな原因によって生じた肝障害が治癒することなく、長い経過を経た慢性肝障害の終末期の状態です。わが国ではC型肝炎ウイルスとB型肝炎ウイルスの感染によるものが大部分を占めています。最近では、自己免疫性肝疾患の一つである原発性胆汁性肝硬変や非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)による肝硬変も多くなっています。肝硬変は合併症の有る無しによって「代償性」と「非代償性」に分類されています。合併症とは、門脈圧の亢進(圧が上がること)や肝機能不全に伴う症状のことです。 肝疾患が進行すると門脈圧が上昇したり、肝予備機能が低下してきます。その結果、腹水が出現したり、食道静脈瘤が出来たり、消化管からの出血、肝性脳症(意識障害)や黄痘を来たします。腹水,静脈瘤破裂(出血)、肝性脳症、黄痘のいずれか一つの症状でも認めれば非代償性肝硬変と呼びます。腹水はこれらの合併症のうち最初に現れる症状の一つです。また、代償性肝硬変から非代償性への移行は1年に5〜7%と言われています。 従って、肝硬変の予後はいかに代償性肝硬変の状態に維持できるかによって変わってきます。ちなみに、代償性肝硬変ないし非代償性肝硬変と診断された人の平均寿命は、それぞれ12年以上と2年以内と大きな差がみられます(図A)。また、代償性の状態が維持管理されている人では非代償性の状態が続く人に比べて予後が著しく良いことも分かっています(図B)。
図A 診断時に「代償性」あるいは「非代償性」と診断された肝硬変患者の生存率